してさ迷いながら、あちこちの灌木の枝には注意さえすれば無数の莟《つぼみ》が認められ、それ等はやがて咲《さ》き出すだろうが、しかしそれ等は真夏の季節《シイズン》の来ない前に散ってしまうような種類の花ばかりなので、それ等の咲き揃《そろ》うのを楽しむのは私|一人《ひとり》だけであろうと言う想像なんかをしていると、それはこんな淋《さび》しい田舎暮《いなかぐら》しのような高価な犠牲《ぎせい》を払《はら》うだけの値《あたい》は十分にあると言っていいほどな、人知れぬ悦楽《えつらく》のように思われてくるのだった。そうして私はいつしか「田園交響曲《でんえんこうきょうきょく》」の第一楽章が人々に与える快《こころよ》い感動に似たもので心を一ぱいにさせていた。そうして都会にいた頃《ころ》の私はあんまり自分のぼんやりした不幸を誇張《こちょう》し過ぎて考えていたのではないかと疑い出したほどだった。こんなことなら何もあんなにまで苦しまなくともよかったのだと私は思いもした。そうして最近私を苦しめていた恋愛《れんあい》事件をそっくりそのままに書いてみたら、その苦しみそのものにも気に入るだろうし、私にはまだよく解《わか》
前へ
次へ
全100ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング