子は小さな弟を連れ去りながら、私の方をば振り向こうともしなかった。

     ※[#アステリズム、1−12−94]

 私は毎日のように、そのどんな隅々《すみずみ》までもよく知っている筈《はず》だった村のさまざまな方へ散歩をしに行った。しかし何処へ行っても、何物かが附加《つけくわ》えられ、何物かが欠けているように私には見えた。その癖《くせ》、どの道の上でも、私の見たことのない新しい別荘の蔭《かげ》に、一むれの灌木が、私の忘れていた少年時の一部分のように、私を待ち伏《ぶ》せていた。そうしてそれらの一むれの灌木そっくりにこんがらかったまま、それらの少年時の愉《たの》しい思い出も、悲しい思い出も私に蘇って来るのだった。私はそれらの思い出に、或《あるい》は胸をしめつけられたり、或は胸をふくらませたりしながら歩いていた。私は突然《とつぜん》立ち止まる。自分があんまり村の遠くまで来すぎてしまっているのに気がついて。――そんなみちみち私の出遇《であ》うのは、ごく稀《まれ》には散歩中の西洋人たちもいたが、大概《たいがい》、枯枝を背負《せお》ってくる老人だとか蕨《わらび》とりの帰りらしい籃《かご》を腕
前へ 次へ
全100ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング