の前を通り過ぎて行った。それを見送っているうち、ふとその鋭《するど》い横顔から何んだか自分も見たことがあるらしいその女の若い娘《むすめ》だった頃の面影《おもかげ》が透《す》かしのように浮んで来そうになった。
私はその白い柵のあるヴィラを離れた。私の帽子の上に不意に落ちて来た桜の実が私のうちに形づくり、拡げかけていた悲しい感情の波紋《はもん》を、今しがたの気づまりな出会《であい》がすっかり掻《か》き乱してしまったのを好い機会にして。
私は村はずれの宿屋に帰って来た。私がその宿屋に滞在《たいざい》する度にいつも私にあてがわれる離れの一室。同じように黒ずんだ壁《かべ》、同じような窓枠《まどわく》、その古い額縁《がくぶち》の中にはいって来る同じような庭、同じような植込み、……ただそれらの植込みに私の知っている花や私の知らない花が簇《むら》がり咲いているのが私には見馴《みな》れなかった。それはそれでまた私を侘《わ》びしがらせた。母屋《おもや》の藤棚《ふじだな》から、風の吹くごとに私のところまでその花の匂《におい》がして来た。その藤棚の下では村の子供たちが輪になって遊んでいた。私はその子供たち
前へ
次へ
全100ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング