ら、山径を村の方へと下りて行った。その山径に沿うて、落葉松《からまつ》などの間にちらほらと見える幾《いく》つかのバンガロオも大概はまだ同じような紅殻板《べにがらいた》を釘づけにされたままだった。ときおり人夫等がその庭の中で草むしりをしていた。彼等《かれら》の中には熊手《くまで》を動かしていた手を休めて私の方を胡散臭《うさんくさ》そうに見送る者もあった。私はそういう気づまりな視線から逃れるために何度も道もないようなところへ踏《ふ》み込んだ。しかしそれは昔私の大好きだった水車場のほとりを目ざして進んでいた私の方向をどうにかこうにか誤らせないでいた。しかし其処《そこ》まで出ることは出られたが、数年前まで其処にごとごとと音立てながら廻《まわ》っていた古い水車はもう跡方《あとかた》もなくなっていた。それよりももっと悲しい気持になって私の見出《みいだ》したのは、その水車場近くの落葉松を背にした一つのヴィラだった。私の屡しば訪《おとず》れたところのそのヴィラは、数年前に最後に私の見た時とはすっかり打って変っていた。以前はただ小さな灌木《かんぼく》の茂みで無雑作《むぞうさ》に縁《ふち》どられていたその
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