きふく》していた。それらの丘のさらに向うには、遠くの中央アルプスらしい山脈が青空に幽《かす》かに爪《つめ》でつけたような線を引いていた。そしてそれが私のきざきざな地平線をなしているのだった。
 夏|毎《ごと》にこの高原に来ていた数年前のこと、これと殆どそっくりな眺望《ちょうぼう》を楽しむために、私は屡《しばしば》、ここからもう少し上方にあるお天狗様まで登りに来たのだけれど、その度《たび》毎に、この最後の家の前を通り過ぎながら、そこに毎夏のようにいつも同じ二人の老嬢《ろうじょう》が住まっているのを何んとなく気づかわしげに見やっては、その二人暮らしに私はひそかに心をそそられたものだった。――だが、あれはひょっとすると私自身の悲しみを通してばかり見ていたせいかも知れないぞ?(と私は考えるのだった。)何故って、私がこの丘へ登りに来た時は、いつも私に何か悲しいことがあって、それを肉体の疲労《ひろう》と取り換《か》えたいためだったからな。真白《まっしろ》な名札《なふだ》が立って、それには MISS のついた苗字《みょうじ》が二つ書いてあったっけ。……そう、その一方が確か MISS SEYMORE 
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