別がつかない位にまでなってしまっているこの庭も、その頃は、もっと庭らしく小綺麗になっていたことを、漸《ようや》く私は思い出したのである。そうしてつい今しがたの私の奇妙な錯覚は、その時から既《すで》に経過してしまった数年の間、若《も》しそれがそのままに打棄《うっちゃ》られてあったならば、恐らくはこんな具合《ぐあい》にもなっているであろうに……という私の感じの方が、その当時の記憶が私に蘇るよりも先きに、私に到着したからにちがいなかった。しかし、私のそういう性急《せっかち》な印象が必ずしも贋《にせ》ではなかったことを、まるでそれ自身裏書きでもするかのように、私のまわりには、この庭を一面に掩《おお》うて草木が生い茂るがままに生い茂っているのであった。
そこのヴェランダにはじめて立った私は、錯雑した樅《もみ》の枝を透して、すぐ自分の眼下に、高原全帯が大きな円を描《えが》きながら、そしてここかしこに赤い屋根だの草屋根だのを散らばらせながら、横《よこた》わっているのを見下ろすことが出来た。そうしてその高原の尽《つ》きるあたりから、又《また》、他のいくつもの丘が私に直面しながら緩《ゆる》やかに起伏《
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