その小さな村の人気者だった。海岸などにいると、いつも私たちの周《まわ》りには人だかりがした程に。そうして村の善良な人々は、私のことを、お前の兄だと間違えていた。それが私をますます有頂天にさせた。
そればかりでなしに、私の母みたいな、子供のうるさがるような愛し方をしないお前の母は、私をもその子供並みにかなり無頓着《むとんじゃく》に取り扱った。それが私に、自分は彼女にも気に入っているのだと信じさせた。
予定の一週間はすでに過ぎていた。しかし私は都会へ帰ろうとはしなかった。
ああ、私はお前の兄たちに見習って、お前に意地悪ばかりしてさえいれば、こんな失敗はしなかったろうに! ふと私に魔がさした。私は一度でもいいから、お前と二人きりで、遊んでみたくてしようがなくなった。
「あなた、テニス出来て?」或る日、お前が私に云った。
「ああ、すこし位なら……」
「じゃ、私と丁度いい位かしら?……ちょっと、やってみない」
「だってラケットはなし、一体何処でするのさ」
「小学校へ行けば、みんな貸してくれるわ」
それがお前と二人きりで遊ぶには、もってこいの機会に見えたので、私はそれを逃がすまいとして、
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