すぐ分るような嘘《うそ》をついた。私はまだ一度もラケットを手にしたことなんか無かったのだ。しかし少女の相手ぐらいなら、そんなものはすぐ出来そうに思えた。お前の兄たちがいつも、テニスなんか! と軽蔑《けいべつ》していたから。しかし彼等も、私たちに誘われると、一しょに小学校へ行った。そこへ行くと、砲丸投げが出来るので。
小学校の庭には、夾竹桃《きょうちくとう》が花ざかりだった。彼等は、すぐその木蔭《こかげ》で、砲丸投げをやり出した。私とお前とは、其処からすこし離して、白墨で線を描いて、ネットを張って、それからラケットを握って、真面目《まじめ》くさって向い合った。が、やってみると、思ったよりか、お前の打つ球《たま》が強いので、私の受けかえす球は、大概ネットにひっかかってしまった。五六度やると、お前は怒ったような顔をして、ラケットを投げ出した。
「もう止《よ》しましょう」
「どうしてさ?」私はすこしおどおどしていた。
「だって、ちっとも本気でなさらないんですもの……つまらないわ」
そうして見ると、私の嘘は看破《みやぶ》られたのではなかった。が、お前のそういう誤解が、私を苦しめたのは、それ以
前へ
次へ
全35ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング