人にお時宜をした。彼は何か彼女たちとしばらく立ち話をしていた。……私はその時はもう、われにもなく其処《そこ》から数歩離れたところにまで行っていた。そうしてそこに立ち止まったまま、今にもその詩人が私の名を呼んで、その少女たちに紹介してくれやしないかという期待に胸をはずませながら、しかし何食わぬ顔をして、鶏肉屋の店先きに飼われている七面鳥を見つめていた……
 しかし少女たちは私の方なんぞは振り向きもしないで、再びがやがやと話しながら、その詩人から離れて行った。私も出来るだけその方から、そっぽを向いていた。
 それからまた、私はその詩人と並んで歩き出しながら、いま会ったばかりの少女たちの名前を、それからそれへと、熱心に、しかし、何気なさそうに、聞いていた。今まで私によそよそしかった野生の花が、その名前を私が知っただけで、急に向うから私に懐《なづ》いてくるように、その少女たちも、その名前を私が知りさえすれば、向うから進んで、私に近づいて来たがりでもするかのように。

 そんなことのうちに三週間ばかり滞在した後、私は一人だけ先きに、その高原を立ち去った。
 私が家に帰ると、私の母ははじめて彼女の
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