た。ホテルのテラスにはいつも外国人たちが英字新聞を読んだり、チェスをしていた。落葉松《からまつ》の林の中を歩いていると、突然背後から馬の足音がしたりした。テニスコオトの附近は、毎日|賑《にぎ》やかで、まるで戸外舞踏会が催されているようだった。そのすぐ裏の教会からはピアノの音が絶えず聞えて……
 毎年の夏をその高原で暮らすその詩人は、そこで多くの少女たちとも知合らしかった。私はその詩人に通りすがりにお時宜《じぎ》をしてゆく、幾たりかの少女のうちの一人が、いつか私の恋人になるであろうことを、ひそかに夢みた。そしてその夢を実現させるためには、私も早く有名な詩人になるより他《ほか》はないと思ったりした。
 或る日のことだった。私はいつものようにその詩人と並んで、その町の|本通り《メエン・ストリイト》を散歩していた。そのとき向うから、或いはラケットを持ったり、或いは自転車を両手で押しながら、半ダアスばかりの少女たちががやがや話しながら、私たちの方へやってくるのに出会った。それらの少女たちはちょっと立ち止まって、私たちのために道を開《あ》けてくれながら、そうしてそのうちの幾たりかは私と一緒にいる詩
前へ 次へ
全35ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング