本当の息子が帰って来たかのように幸福そうだった。私がすっかり昔のような元気のいい息子になっていたから。しかし私の元気がよかったのは、その高原で私の会ってきた多くの少女たちを魅するために、そしてそのためにのみ、早く有名な詩人になりたいという、子供らしい野心に燃えていたからだった。母はそんな私の野心なんかに気づかずに、ただ私の中に蘇《よみがえ》った子供らしさの故に、夢中になって私を愛した。
その高原から帰ると間もなく、私はT村からお前の兄たちの打った一通の電報を受取った。それは一種の暗号電報だった。――「ボンボンオクレ」
私は今度はなんの希望も抱《いだ》かずに、ただ気弱さから、お前の兄たちの招待をことわり切れずに、T村を三たび訪れた。もうこれっきり恐らく一生見ることがないかも知れぬ、私の少年時の思い出に充《み》ちた、その村の海や、小さな流れや、牧場や、麦畑や、古い教会を、ちょっと一目でもいいから、もう一度見ておきたいような気もしたから。それに矢張り、何んといっても、その後のお前の様子が知りたかったから。
私がいままではあんなにも美しく、まるで一つの大きな貝殻のように思いなしていた
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