、それを手にとって見ると、それはお前の姉からの手紙だった。私がこの間、それの返事を受取りたいばっかりに、女学校を卒業してからも英吉利《イギリス》語の勉強をしていたお前の姉に、洋書を二三冊送ってやったので、そのお礼だった。しかし真面目《まじめ》なお前の姉は、誰にもすぐ分るように、自分の名前を書いてよこした。それがみんなの好奇心をそそらなかったものと見える。私はその手紙についてほんのあっさりと揶揄《からか》われたきりだった。
それからも屡々《しばしば》、私はそんな手紙でもいいから受取りたいばっかりに、お前の姉にいろんな本を送ってやった。するとお前の姉はきっと私に返事をくれた。ああ、その手紙に几帳面《きちょうめん》な署名がなかったら、どんなによかったろうに!……
匿名の手紙は、いつまでたっても、私のところへは来なかった。
そのうちに、夏が一周《ひとまわ》りしてやってきた。
私はお前たちに招待されたので、再びT村を訪れた。私は、去年からそっくりそのままの、綺麗《きれい》な、小ぢんまりした村を、それからその村のどの隅々《すみずみ》にも一ぱいに充満している、私たちの去年の夏遊びの思い出を
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