ものような丸髷《まるまげ》に結っていないで、見なれない束髪に結っていた。私はそれを見ながら、すこし気づかわしそうに母に云った。
「お母さんには、そんな髪、ちっとも似合わないや……」
それっきり、私の母はそんな髪の結い方をしなかった。
それだのに、私は寄宿舎では、毎日、大人になるための練習をした。私は母の云うことも訊《き》かないで、髪の毛を伸ばしはじめた。それでもって私の子供らしさが隠せでもするかのように。そうして私は母のことを強《し》いて忘れようとして、私の嫌《きら》いな煙草のけむりでわざと自分を苦しめた。私の同室者たちのところへは、ときおり女文字の匿名《とくめい》の手紙が届いた。皆が彼|等《ら》のまわりへ環《わ》になった。彼等は代る代るに、顔を赧《あか》らめて、嘘《うそ》を半分まぜながら、その匿名の少女のことを話した。私も彼等の仲間入りがしたくて、毎日、やきもきしながら、ことによるとお前が匿名で私によこすかも知れない手紙、そんな来る宛《あて》のない手紙を待っていた。
或る日、私が教室から帰ってくると、私の机の上に女もちの小さな封筒が置かれてあった。私が心臓をどきどきさせながら
前へ
次へ
全35ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング