秋の学期が始まった。お前の兄たちは地方の学校へ帰って行った。私は再び寄宿舎にはいった。
私は日曜日ごとに自分の家に帰った。そして私の母に会った。この頃から私と母との関係は、いくらかずつ悲劇的な性質を帯びだした。愛し合っているものが始終均衡を得ていようがためには、両方が一緒になって成長して行くことが必要だ。が、それは母と子のような場合には難しいのだ。
寄宿舎では、私は母のことなどは殆《ほと》んど考えなかった。私は母がいつまでも前のままの母であることを信じていられたから。しかし、その間、母の方では、私のことで始終不安になっていた。その一週間のうちに、急に私が成長して、全く彼女の見知らない青年になってしまいはせぬかと気づかって。で、私が寄宿舎から帰って行くと、彼女は私の中に、昔ながらの子供らしさを見つけるまでは、ちっとも落着かなかった。そして彼女はそれを人工培養した。
もし私がそんな子供らしさの似合わない年頃になっても、まだ、そんな子供らしさを持ち合わせているために不幸な人間になるとしたら、お母さん、それは全くあなたのせいです。……
或る日曜日、私が寄宿舎から帰ってみると、母はいつ
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