た。
 私はお前の家族たちと一しょに帰った。汽車の中には、避暑地がえりの真っ黒な顔をした少女たちが、何人も乗っていた。お前はその少女たちの一人一人と色の黒さを比較した。そうしてお前が誰よりも一番色が黒いので、お前は得意そうだった。私は少しがっかりした。だが、お前がちょっと斜めに冠《かぶ》っている、赤いさくらんぼの飾りのついたお前の麦藁《むぎわら》帽子は、お前のそんな黒いあどけない顔に、大層よく似合っていた。だから、私はそのことをそんなに悲しみはしなかった。もしも汽車の中の私がいかにも悲しそうな様子に見えたと云うなら、それは私が自分の宿題の最後の方がすこし不出来なことを考えているせいだったのだ。私はふと、この次ぎの駅に着いたら、サンドウィッチでも買おうかと、お前の母がお前の兄たちに相談しているのを聞いた。私はかなり神経質になっていた。そして自分だけがそれからのけ者にされはしないかと心配した。その次ぎの駅に着くと、私は真先きにプラットフォムに飛び下りて、一人でサンドウィッチを沢山買って来た。そして私はそれをお前たちに分けてやった。

        ※[#アステリズム、1−12−94]

 秋の学期が始まった。お前の兄たちは地方の学校へ帰って行った。私は再び寄宿舎にはいった。
 私は日曜日ごとに自分の家に帰った。そして私の母に会った。この頃から私と母との関係は、いくらかずつ悲劇的な性質を帯びだした。愛し合っているものが始終均衡を得ていようがためには、両方が一緒になって成長して行くことが必要だ。が、それは母と子のような場合には難しいのだ。
 寄宿舎では、私は母のことなどは殆《ほと》んど考えなかった。私は母がいつまでも前のままの母であることを信じていられたから。しかし、その間、母の方では、私のことで始終不安になっていた。その一週間のうちに、急に私が成長して、全く彼女の見知らない青年になってしまいはせぬかと気づかって。で、私が寄宿舎から帰って行くと、彼女は私の中に、昔ながらの子供らしさを見つけるまでは、ちっとも落着かなかった。そして彼女はそれを人工培養した。
 もし私がそんな子供らしさの似合わない年頃になっても、まだ、そんな子供らしさを持ち合わせているために不幸な人間になるとしたら、お母さん、それは全くあなたのせいです。……
 或る日曜日、私が寄宿舎から帰ってみると、母はいつ
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