Yられてあるのに気がつく
それから一すじの白い烟りが細ぼそと立ち昇っているのである
どうやらそれから私をすっかり魅している※[#「均−土」、第3水準1−14−75]が発せられているらしい
私はまた象のことを思い浮べる
そして漸っといまあの象が阿片《あへん》の広告であったことに気がつき出す
「ははあ、それだから誰にも分らなかったんだな
なあんだ此処《ここ》は阿片窟《あへんくつ》なのか……」
私はあらためて店の中を見まわしてみる
やっぱり誰もいない 空虚だ
いかにも静かだ ひっそりしている
それでいてつい今しがたまで客が何組かあったのだが
それが皆立ち去ったすぐ跡だと云うような気がされる
店の空気がひどく疲れを帯びているのが感ぜられる
誰もいないのに人気が漂っている それが鬼気のようにぞっと感ぜられる
何かしら惨劇のあった跡の静けさはこんなものじゃないかしらと思えてくる
もしかしたら今まで此処で客同志の間に殺人事件かなんかあって
その跡始未のために皆ここの店のものまで残らず出かけて行っていて
それでこんな空虚《からっぽ》なのかも知れん……
そう思って店のなかを見廻すと、一向それらしい形跡は
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