謂《いわゆる》無色なのではない。私はたった一ぺんきりそれを見て「ああこの色だ」と思ったものがある。それは仏蘭西《フランス》の L'ESPRIT NOUVEAU という美術雑誌に数年前載っていたピカソの Nature Morte[#「Nature Morte」は斜体]の絵だ。まあ、あれがちょっと私のそんな夢の色に似ていた。
私が真先に書こうと思っている「奇妙な店」の方は、その第一の種類に属している。鮮《あざ》やかな色の着いている方だ。そうしてその夢の冒頭は、私のそういう種類の夢の中にそれまでにも屡々《しばしば》現われて来たことのある、一つの場面から始まる。その私のよく夢に見る場面というのは、ただ一本の緑色をした樹木から成り立っている。その緑色の葉が何とも云えずに綺麗《きれい》なのだ。そしてそれをじっと見つめていられない程それが眩《まぶ》しいのだ。しかしそんなに眩しいのはその緑色の葉のせいばかりではないかも知れない。その緑の茂みの上に一面に硫黄《いおう》のような色をした斑点《はんてん》のようなものが無数にちらついているのだ。それはなんだかそんな黄色をした無数の小さな蝶《ちょう》が簇《むら
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