・インクをぶっかけてやったら、
何とかそれなりに恰好《かっこう》がつくかも知れぬ。
よし、それで行こう……」
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     1 奇妙な店

 私の見る夢には大概色彩がある。そういう夢を見るのは神経衰弱のせいだと教えてくれる人が居る。そんなことはどうだっていい。唯《ただ》、私の見る色彩のある夢にも二種あることを私は云っておきたい。その一つは、鮮明な、すき透《とお》るような色彩からのみ成っている。その色はちょっとドロップスのそれに似ている。(私は一ぺん糖分が夢にはよく利《き》くというのでドロップスをどっさり頬張《ほおば》りながら寝たことがあるが、その朝、私はそのドロップスにそっくりな色の着いた夢を見たっけ……)そう、そう、それから私がマリイ・ロオランサンの絵に夢中になっていたのもあの絵の色が私の夢のそれに似ていたからであった。が、もう一方の夢は、そんな鮮明な色は無い。何とも云えず物凄《ものすご》いような色で一様に塗り潰《つぶ》されているばかりである。しかし、そんな色は殆《ほとん》ど現実の中には見出《みいだ》されないようだから、無色と云ってもいいかも知れない。しかし所
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