私はさっき知ったかぶりで此奴《こいつ》を名ざしで這入って来たのだから
否《いや》でも応でもこいつを食わなければなるまい
私は不承々々そいつを一口|頬張《ほおば》った 妙な味がする しかし悪くはない味だ
そこでもう一口頬張ろうとした途端に ふと
異形《いぎょう》をして蒸気の立ちのぼっている鍋の傍《そば》の 棚《たな》の上に
一個の葡萄酒《ぶどうしゅ》の壜らしいものが置かれてあるのが私の目に入った
今まで空壜《あきびん》だろう位に思っていたがよく見ると
八分目ほどの葡萄酒らしいものが這入っていてそれがひとりで無気味に揺れている
老婆はそれを気にするようにときどき変な目つきでそれを見ている
私はまだ何やら鍋の中を掻き廻している彼女に何気なさそうに言った
「婆さん、おれにその葡萄酒を一杯くれ」
すると老婆は解《わか》ったように私に目で合図をして(何んて厭らしい目つきだろう!)
しかし自分の手許《てもと》の壜はそのままにして、向うの戸棚へ他の壜を取りに行った
いよいよもってこの壜が怪しいぞ!
この壜がきっとあの少女なのかも知れん? あの少女がこの壜に這入っている?
そこで私は魔女が向うむきにな
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