ィニの絵のもっている人なつこさはいよいよ切実になってくる。――そこにセガンティニの絵の写真を見ただけでも、僕たちが何か心を動かされるものがありはすまいか。……そうだ、僕がさっき草原に立った木をしみじみと見ているうちに、ふいと何か思い出せそうで思い出せずにいたもの、そのために知らず知らず心を一ぱいにさせていたもの、それはそんな木の或る恰好《かっこう》ばかりではなしに、こういう高原のなかに生を得ているすべての小さな生きもののもっている深い味なのだ。それらのものは、ちょっと見ると、何か近づきがたいような孤独の相を帯びてみえるけれど、それらのものほど人なつこいものはないのだ。それほど切実に、存在の本質にあくがれているものはないのだ。……
そんなことを考えつづけながら、僕はもう自分の泥だらけになった靴の重たさもさほど苦にしなくなっていた。
「あそこの藪《やぶ》のなかに馬が二三匹草を食べていますね。もう村が近づいてきたのではないでしょうか。」
M君は自分の大きな身体をすこし持ち扱かい出しているように見える。
「畠もあるじゃないか。」僕はおもわず声をはずませた。「もう村に着いたようなものだ。」
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