舎宅らしいもののほか、二軒ばかり休み茶屋みたいなものがあったが、どちらも戸を閉ざしていた、――そんなところで一休みして、簡単に腹でもこしらえながら、それからどこをどう歩くか考えてみるつもりだった。そこへいってみれば、大体どうすればいいかがひとりでに分かってくるだろう位に、僕はいつもの流儀で高を括《くく》っていた。
 だが、すぐ目のさきに赤岳だの横岳だのがけざやかに見えていながら、この泥濘の道ではどうしようもない。せっかくの野辺山が原もいい気もちになって歩きまわるわけにゆきそうもない。それに、もう午《ひる》近い。なんとか腹をこしらえないことには。……
「あそこに何か為事《しごと》をしている人たちが見えるな。あの人たちに訊いたら、すこしはこのへんの様子が分かるかもしれない。」
 僕はM君にそう言い、ひどい泥濘の中にはいり込まないように、道のへりのほうを歩きながら、旧街道らしいものの傍らで、二人の法被《はっぴ》すがたの男がせっせと為事をしている方へ近づいていった。
 が、だんだんそっちへ近づいていって見ると、その男たちが何か荒ら荒らしい手つきで皮を剥《む》いているのは兎であるのが分かってきた
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