岳とが並んで聳《そび》え立っていた。
「高原というのは、こうやってそこへ出た時の最初の瞬間がなんとも云えず印象的でいいな。」僕はそういう目付をしてM君の方を見た。
 やがて、野辺山駅に着いた。白い、小さな、瀟洒[#「瀟洒」に傍点]とした建物で――いや、もうそんなことはどうでもいいことにしよう。――それよりか、僕はその小さな駅に下りかけて、横書きの「野辺山」という三文字が目に飛びこんできた途端に、なにかおもわずはっとした。いままではさほどにも思っていなかった「野辺山」という土地の名がいかにも美しい。まあ何んという素樸《そぼく》な呼びかたで、いい味があるのだろう。そうして此処まで来て、その三文字をなにげなく口にするとき、はじめてそのいい味の分かるような、それほどこの土地の一部になりきってしまっている純粋な名なんだなとおもった。……
 その高原の駅に下りたのは僕たちのほかには、二人づれの猟師が一組あるきり。――その猟師たちは駅員と一しょになって檻《おり》に入れられてきた猟犬をとり出しにかかっていた。
 そこで僕たちは二人きりで駅のそとに出たが、其処はいちめんの泥濘だった。駅の附近には、一棟の
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