には、死後もなお彼女が在りし日の姿のまま、その葬られた山の奥などをしょんぼりとさすらっているような切ない感じで、その死者のことが思い出されがちでありましょう。そういう考え方は嘗《か》つての他界信仰の名残りのようなものをおおく止めておりますが、半ばそれを否定しながらも、半ばそれを好んで受け入れようとしている、――すくなくとも心のうえではすっかりそれを受け入れてしまっているのであります。そうしてまた一方では、そういう愛人の死後の姿をできるだけ美化しようとする心のはたらきがある。……そういうさまざまな心のはたらきが、ほとんど無意識的に行われて、なんの造作もなくすうっと素直に歌になったところに、万葉集のなかのすべての挽歌《ばんか》のいい味わいがあるのだろうと思われます。
 軽《かる》の村の愛人の死をいたんだ歌とならんで、もう一首、人麻呂がもうひとりの愛人(こちらの愛人とは同棲《どうせい》をし、子まであった)の死を悲しんだ歌があり、それにも死者に対する同様の考えかたが見られます。「……大鳥《おおとり》の羽《は》がひの山に、わが恋ふる妹《いも》はいますと人のいへば、岩根《いわね》さくみてなづみ来し
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