、よけくもぞなき。現身《うつそみ》とおもひし妹《いも》が、玉かぎるほのかにだにも見えぬ、思へば。」――人は死んでしばらくの間は山の奥などに生きているときとすこしも変らない姿をして暮らしているものだと、老人などのいうことを聞いて、亡くなった妻恋いしさのあまりに、もしやとおもって、岩を踏み分けながら、骨を折って山のなかを捜してみたが、それも空しかった。ひょっとしたら在りし日さながらの妻の姿をちらりとでも見られはすまいかと思っていたが、ほんの影さえも見ることができなかった。――これはその長歌の後半をなしている部分ですが、ここにも人麻呂の死に対する同様の観念があらわれております。――すこしそれが露骨に出すぎている位で、いかにも情趣のふかい前の歌ほど僕は感動をおぼえません。でも、「大鳥《おおとり》の羽《は》がひの山」などというその山の云いあらわしかたには一種の同情をもちます。翼を交叉《こうさ》させている一羽の大きな鳥のような姿をした山、――何処にあるのだか分からないけれども、なんだかそんな姿をした山が何処かにありそうな気がする、そんな心象を生じさせるだけでもこの山の名ひとつがどんなに歌全体に微妙
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