あちこちで小丘になったり、森になったり、藪になったりしているような工合の村です。そういう村の地形を考えに入れながら、もう一ペんさっきの歌を味わってみると、一層そのニュアンスが分かって来るような気がします。
 すこし横道にそれてしまいましたので、本題に立ちかえりましょう。僕はその人麻呂の挽歌――就中《なかんずく》その第一の反歌のなかに見られる、死に対する観念をかんがえて見ようとしていたのでした。

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秋山《あきやま》の黄葉《もみぢ》あはれとうらぶれて入りにし妹《いも》は待てど来まさず
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 これは巻七の雑《くさぐさ》の挽歌のなかに出てくる作者不詳のものであります。非常に人麻呂の歌と似ていて、その影響をたぶんに受けて出来たものとおもわれますが、とにかくそれで見ても、こういうような愛する者の死に対する思想が、たんへん当時の人々に気に入られたということが分かるのであります。――その当時はもう原始的な他界信仰から脱して人々は漸くわれわれと殆ど同じような生と死との観念をもちはじめていたのにちがいありません。だが、自分の愛しているものでも死んだような場合
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