ているうちに、つい出そびれて、やっと十二月になってこちらに来たような始末です。この七日にはどうしても帰京しなければならない用事がある上、こんどはどうしても倉敷《くらしき》の美術館にいってエル・グレコの「受胎告知」を見てきたいので、奈良には三四日しかいられないことになりました。まるでこの秋ホテルに預けておいた荷物をとりにだけきたような恰好《かっこう》です。
 でも、そんな三四日だって、こちらでもって自分の好きなように過ごすことができるのだとおもうと、たいへん幸福でした。僕は一日の夜おそくホテルに著《つ》いてから、さあ、あすからどうやって過ごそうかと考え出すと、どうも往ってみたいところが沢山ありすぎて困ってしまいました。そこで僕はそれを二つの「方」に分けて見ました。一つの「方」には、まだ往ったことのない室生寺《むろうじ》や聖林寺《しょうりんじ》、それから浄瑠璃寺《じょうるりじ》などがあります。もう一つの「方」は、飛鳥《あすか》の村々や山《やま》の辺《べ》の道《みち》のあたり、それから瓶原《みかのはら》のふるさとなどで、そんないまは何んでもなくなっているようなところをぼんやり歩いてみたいとも
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