思いました。こんどはそのどちらか一つの「方」だけで我慢することにして、その選択はあすの朝の気分にまかせることにして寐床《ねどこ》にはいりました。……
翌朝、食堂の窓から、いかにも冬らしくすっきりした青空を見ていますと、なんだかもう此処にこうしているだけでいい、何処にも出かけなくったっていいと、そんな欲のない気もちにさえなり出した位ですから、勿論、めんどうくさい室生寺ゆきなどは断念しました。そうして十時ごろやっとホテルを出て、きょうはさしあたり山の辺の道ぐらいということにしてしまいました。三輪山の麓《ふもと》をすこし歩きまわってから、柿本人麻呂の若いころ住んでいたといわれる穴師《あなし》の村を見に纏向山《まきむくやま》のほうへも往ってみたりしました。このあたり一帯の山麓《さんろく》には名もないような古墳が群らがっているということを聞いていたので、それでも見ようとおもっていたのだけれど、どちらに向って歩いてみても、丘という丘が蜜柑畑《みかんばたけ》で、若い娘たちが快活そうに唄い唄い、鋏《はさみ》の音をさせながら蜜柑を採っているのでした。何か南国的といいたいほど、明るい生活気分にみちみちて
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