勢物語なんぞの中にもこっそりと探りを入れているのだよ。……)
夕方、すこし草臥《くたび》れてホテルに帰ってきたら、廊下でばったり小説家のA君に出逢った。ゆうべ遅く大阪からこちらに著《つ》き、きょうは法隆寺へいって壁画の模写などを見てきたが、あすはまた京都へ往くのだといっている。連れがふたりいた。ひとりはその壁画の模写にたずさわっている奈良在住の画家で、もうひとりは京都から同道の若き哲学者である。みんなと一しょに僕も、自分の仕事はあきらめて、夜おそくまで酒場で駄弁《だべ》っていた。
[#地から1字上げ]十月二十一日夕
きょうはA君と若き哲学者のO君とに誘われるがままに、僕も朝から仕事を打棄《うっちゃ》って、一しょに博物館や東大寺をみてまわった。
午後からはO君の知っている僧侶の案内で、ときおり僕が仕事のことなど考えながら歩いた、あの小さな林の奥にある戒壇院《かいだんいん》の中にもはじめてはいることができた。
がらんとした堂のなかは思ったより真っ暗である。案内の僧があけ放してくれた四方の扉からも僅かしか光がさしこんでこない。壇上の四隅に立ちはだかった四天王の像は、それぞれ一すじの
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