逆光線をうけながら、いよいよ神々しさを加えているようだ。
僕は一人きりいつまでも広目天《こうもくてん》の像のまえを立ち去らずに、そのまゆねをよせて何物かを凝視している貌《かお》を見上げていた。なにしろ、いい貌だ、温かでいて烈《はげ》しい。……
「そうだ、これはきっと誰か天平時代の一流人物の貌をそっくりそのまま模してあるにちがいない。そうでなくては、こんなに人格的に出来あがるはずはない。……」そうおもいながら、こんな立派な貌に似つかわしい天平びとは誰だろうかなあと想像してみたりしていた。
そうやって僕がいつまでもそれから目を放さずにいると、北方の多聞天《たもんてん》の像を先刻から見ていたA君がこちらに近づいてきて、一しょにそれを見だしたので、
「古代の彫刻で、これくらい、こう血の温かみのあるのは少いような気がするね。」と僕は低い声で言った。
A君もA君で、何か感動したようにそれに見入っていた。が、そのうち突然ひとりごとのように言った。「この天邪鬼《あまのじゃく》というのかな、こいつもこうやって千年も踏みつけられてきたのかとおもうと、ちょっと同情するなあ。」
僕はそう言われて、はじ
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