素直にわれわれを此の像に親しませるのだという気のするのは、僕だけの感じであろうか。……
一日じゅう、たえず人間性への神性のいどみのようなものに苦しませられていただけ、いま、この柔かな感じの像のまえにこうして立っていると、そういうことがますます痛切に感ぜられてくるのだ。
[#地から1字上げ]十月二十日夜
きょうははじめて生駒山を越えて、河内の国|高安《たかやす》の里のあたりを歩いてみた。
山の斜面に立った、なんとなく寒ざむとした村で、西の方にはずっと河内の野が果てしなく拡がっている。
ここから二つ三つ向うの村には名だかい古墳群などもあるそうだが、そこまでは往って見なかった。そうして僕はなんの取りとめもないその村のほとりを、いまは山の向う側になって全く見えなくなった大和の小さな村々をなつかしそうに思い浮かべながら、ほんの一時間ばかりさまよっただけで、帰ってきた。
こないだ秋篠の里からゆうがた眺めたその山の姿になにか物語めいたものを感じていたので、ふと気まぐれに、そこまで往ってその昔の物語の匂いをかいできただけのこと。(そうだ、まだお前には書かなかったけれど、僕はこのごろはね、伊
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