だ松林の中に、誰もいないのを見すますと、漸《や》っと其処に落ちついて、僕は歩きながらいま読んできたクロオデルの戯曲のことを再び心に浮かべた。そうしてこのカトリックの詩人には、ああいう無垢《むく》な処女を神へのいけにえにするために、ああも彼女を孤独にし、ああも完全に人間性から超絶せしめ、それまで彼女をとりまいていた平和な田園生活から引き離すことがどうあっても必然だったのであろうかと考えて見た。そうしてこの戯曲の根本思想をなしているカトリック的なもの、ことにその結末における神への讃美のようなものが、この静かな松林の中で、僕にはだんだん何か異様《ことざま》なものにおもえて来てならなかった。

[#地から1字上げ]三月堂の金堂にて
 月光菩薩像《がっこうぼさつぞう》。そのまえにじっと立っていると、いましがたまで木の葉のように散らばっていたさまざまな思念ごとそっくり、その白みがかった光の中に吸いこまれてゆくような気もちがせられてくる。何んという慈《いつく》しみの深さ。だが、この目をほそめて合掌をしている無心そうな菩薩の像には、どこか一抹《いちまつ》の哀愁のようなものが漂っており、それがこんなにも
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