に埋もれた信濃の山小屋で、孤独な気もちで読んだものを、もう一遍、こんどは秋の大和路の、何処かあかるい空の下で、読んでみたくて携えてきた本だが、やっとそれを読むのにいい日が来たわけだ。
 雪の中で、いまよりかずっと若かった僕は、この戯曲を手にしながら、そこに描かれている一つの主題――神的なるものの人間性のなかへの突然の訪れといったようなもの――を、何か一枚の中世風な受胎告知図を愛するように、素朴に愛していることができた。いまも、この戯曲のそういう抒情的な美しさはすこしも減じていない。だが、こんどは読んでいるうちにいつのまにか、その女主人公ヴィオレエヌの惜しげもなく自分を与える余りの純真さ、そうしているうちに自分でも知《し》らず識《し》らず神にまで引き上げられてゆく驚き、その心の葛藤《かっとう》、――そういったものに何か胸をいっぱいにさせ出していた。
 三時ごろ読了。そのまま、僕は何かじっとしていられなくなって、外に出た。博物館の前も素どおりして、どこへ往くということもなしに、なるべく人けのない方へ方へと歩いていた。こういうときには鹿なんぞもまっぴらだ。
 戒壇院《かいだんいん》をとり囲ん
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