らなかった。なんぼなんでも、そんな古瓦など買った日には重くって、持てあますばかりだろうから、又こんど来ることにして、何も買わずに出た。
裏山のかげになって、もうここいらだけ真先きに日がかげっている。薬師寺の方へ向ってゆくと、そちらの森や塔の上にはまだ日が一ぱいにあたっている。
荒れた池の傍をとおって、講堂の裏から薬師寺にはいり、金堂や塔のまわりをぶらぶらしながら、ときどき塔の相輪《そうりん》を見上げて、その水煙《すいえん》のなかに透《す》かし彫《ぼり》になって一人の天女の飛翔《ひしょう》しつつある姿を、どうしたら一番よく捉まえられるだろうかと角度など工夫してみていた。が、その水煙のなかにそういう天女を彫り込むような、すばらしい工夫を凝らした古人に比べると、いまどきの人間の工夫しようとしてる事なんぞは何んと間が抜けていることだと気がついて、もう止める事にした。
それから僕はもと来た道を引っ返し、すっかり日のかげった築土道《ついじみち》を北に向って歩いていった。二三度、うしろをふりかえってみると、松林の上にその塔の相輪だけがいつまでも日に赫《かがや》いていた。
裏門を過ぎると、すこ
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