る伎芸天女《ぎげいてんにょ》の像をしみじみと見てきたばかりのところだ。このミュウズの像はなんだか僕たちのもののような気がせられて、わけてもお慕わしい。朱《あか》い髪をし、おおどかな御顔だけすっかり香《こう》にお灼《や》けになって、右手を胸のあたりにもちあげて軽く印を結ばれながら、すこし伏せ目にこちらを見下ろされ、いまにも何かおっしゃられそうな様子をなすってお立ちになっていられた。……
此処はなかなかいい村だ。寺もいい。いかにもそんな村のお寺らしくしているところがいい。そうしてこんな何気ない御堂のなかに、ずっと昔から、こういう匂いの高い天女の像が身をひそませていてくだすったのかとおもうと、本当にありがたい。
[#地から1字上げ]夕方、西の京にて
秋篠の村はずれからは、生駒山《いこまやま》が丁度いい工合に眺められた。
もうすこし昔だと、もっと佗《わ》びしい村だったろう。何か平安朝の小さな物語になら、その背景には打ってつけに見えるが、それだけに、此処もこんどの仕事には使えそうもないとあきらめ、ただ伎芸天女と共にした幸福なひとときをきょうの収穫にして。僕はもう何をしようというあてもなく
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