たというものだ。ほんの小手しらべのような気もちでとり上げようとした小さな仕事さえ、こんなに僕を手きびしくはねつけるのだ。僕はこのままそれに抵抗していても無駄だろう。いさぎよく引っ返して、勉強し直してきた方がいい。……
 そんな自棄《やけ》ぎみな結論に達しながら、僕はやっと明け方になってから寐入った。
 それで、けさは大いに寐坊をして、髭《ひげ》も剃《そ》らずに、やっと朝の食事に間に合った位だ。
 きょうはいい秋日和《あきびより》だ。こういうすがすがしい気分になると、又、元気が出てきて、もう一日だけ、なんとか頑張ってやろうという気になった。やや寐不足のようだが、小説なんぞ考えるのには、そういう頭の状態の方がかえって幻覚的でいいこともある。
 どうも心細い事を云い初めたものだと、お前もこんな手紙を見ては気が気でないだろう。だが、もう少し辛抱をして、次ぎの手紙を待っていてくれ。何処でそれを書く事になるか、まだ僕にも分からない。……

[#地から1字上げ]午後、秋篠寺にて
 いま、秋篠寺《あきしのでら》という寺の、秋草のなかに寐そべって、これを書いている。いましがた、ここのすこし荒れた御堂にあ
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