て、五つか六つぐらい物語の筋を熱心に立ててみたが、どれもこれも、いざ手にとって仔細《しさい》に見ていると、大へんな難物のように思えてくるばかりなので、とうとう観念して、寝床にはいった。
[#地から1字上げ]十月十四日、ヴェランダにて
ゆうべは少し寐《ね》られなかった。そうして寐られぬまま、仕事のことを考えているうちに、だんだんいくじがなくなってしまった。もう天平時代の小説などを工夫するのは止めた方がいいような気がしてきた。毎日、こうして大和の古い村や寺などを見ていたからって、おいそれとすぐそれが天平時代そのままの姿をして僕の中に蘇《よみがえ》ってくれるわけはないのだもの。それには、もうすこし僕は自分の土台をちゃんとしておかなくては。古代の人々の生活の状態なんぞについて、いまみたいにほんの少ししか、それも殆ど切れ切れにしか知っていないようでは、その上で仕事をするのがあぶなっかしくってしようがない。それは、ここ数年、何かと自分の心をそちらに向けて勉強してきたこともしてきた。だが、あんな勉強のしかたでは、まだまだ駄目なことが、いま、こうやってその仕事に実地にぶつかって見て、はっきり分かっ
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