塔が見えまする。まだかなり遠いようではございますが。ここでございますか、ここはなんだかこう神さびた森で。……」
老いたる父はその森が自分の終焉《しゅうえん》の場所であるのを予感し、此処にこのまま止まる決心をする。
その神さびた森を前にして、その不幸な老人の最後の悲劇が起ろうとしているらしいのを読みかけ、僕はおぼえず異様な身ぶるいをした。僕はしかしそのときその本をとじて、立ち上がった。このまま此の悲劇のなかにはいり込んでしまっては、もうこんどの自分の仕事はそれまでだとおもった。……
こういうものを読むのは、とにかくこんどの可哀らしい仕事がすんでからでなくては。――そう自分に言ってきかせながら、僕はホテルを出た。
もう十一時だ。僕はやっぱりこちらに来ているからには、一日のうちに何か一つぐらいはいいものを見ておきたくなって、博物館にはいり、一時間ばかり彫刻室のなかで過ごした。こんなときにひとつ何か小品で心《こころ》愉《たの》しいものをじっくり味わいたいと、小型の飛鳥仏《あすかぶつ》などを丹念に見てまわっていたが、結局は一番ながいこと、ちょうど若い樹木が枝を拡げるような自然さで、六本の
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