まり立ち止まり、二三軒見て歩いているうちに、急に五六人の村の子たちに立ちよられて、怪訝《けげん》そうに顔をじろじろ見られだしたのには往生した。そのあげく、僕はまるでそんな村の子たちに追われるようにして、その村を出た。
 その村はずれには、おあつらえむきに、鎮守の森があった、僕はとうとう追いつめられるように、その森のなかに逃げ込み、そこの木蔭でやっと一息ついた。

[#地から1字上げ]十月十三日、飛火野にて
 きょうは薄曇っているので、何処へも出ずに自分の部屋に引《ひ》き籠《こも》ったまま、きのうお前に送ってもらった本の中から、希臘悲劇集《ギリシアひげきしゅう》をとりだして、それを自分の前に据え、別にどれを読み出すということもなしにあちらこちら読んでいた。そのうち突然、そのなかの一つの場面が僕の心をひいた。舞台は、アテネに近い、或る村はずれの森。苦しい流浪の旅をつづけてきた父と娘との二人づれが漸っといまその森まで辿《たど》りついたところ。盲いた老人が自分の手をひいている娘に向って、「此処はどこだ」と聞く。旅やつれのした娘はそれでも老父を慰めるようにこたえる。「お父う様、あちらにはもう都の
前へ 次へ
全127ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング