ているっきり。秋らしい日ざしを一ぱいに浴びながら西を向いて歩いていると、背なかが熱くなってきて苦しい位で、僕は小説などをゆっくりと考えているどころではなかった。漸《や》っと法華寺村《ほっけじむら》に著《つ》いた。
村の入口からちょっと右に外れると、そこに海竜王寺《かいりゅうおうじ》という小さな廃寺がある。そこの古い四脚門の陰にはいって、思わずほっとしながら、うしろをふりかえってみると、いま自分の歩いてきたあたりを前景にして、大和平《やまとだいら》一帯が秋の収穫を前にしていかにもふさふさと稲の穂波を打たせながら拡がっている。僕はまぶしそうにそれへ目をやっていたが、それからふと自分の立っている古い門のいまにも崩れて来そうなのに気づき、ああ、この明るい温かな平野が廃都の跡なのかと、いまさらのように考え出した。
私はそれからその廃寺の八重葎《やえむぐら》の茂った境内にはいって往って、みるかげもなく荒れ果てた小さな西金堂《さいこんどう》(これも天平の遺構だそうだ……)の中を、はずれかかった櫺子《れんじ》ごしにのぞいて、そこの天平好みの化粧天井裏を見上げたり、半ば剥落《はくらく》した白壁の上に
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