、はじめての領分なのだから、なかなかおいそれとは手ごろな主題も見つかるまい。そのくせ、一つのものを考え出そうとすると、あれもいい、これもちょっと描けそうだ、と一ぺんにいろんなものが浮かんで来てしまってしようがない。
ままよ、きょうは一日中、何処か古京のあとでもぶらぶら歩きながら、なまじっかこっちで主題を選ぼうなどとしないで、どいつでもいい、向うでもって僕をつかまえるような工合にしてやろう。……
僕はそんな大様《おおよう》な気もちで、朝の食事をすませて、食堂を出た。
[#地から1字上げ]午後、海竜王寺にて
天平時代の遺物だという転害門《てがいもん》から、まず歩き出して、法蓮《ほうれん》というちょっと古めかしい部落を過ぎ、僕はさもいい気もちそうに佐保路《さおじ》に向い出した。
此処、佐保山のほとりは、その昔、――ざっと千年もまえには、大伴氏などが多く邸宅を構え、柳の並木なども植えられて、その下を往来するハイカラな貴公子たちに心ちのいい樹蔭をつくっていたこともあったのだそうだけれど、――いまは見わたすかぎり茫々《ぼうぼう》とした田圃《たんぼ》で、その中をまっ白い道が一直線に突っ切っ
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