っと待った、お前は僕が何かというとすぐイディル[#「イディル」に傍点]のようなものを書きたがるので、またかと思っていることだろう。しかし、本当をいうと、僕は最近ケーベル博士の本を読みかえしたおかげで、いままでいい加減に使っていたそのイディル[#「イディル」に傍点]という様式の概念をはじめてはっきりと知ったのだよ。ケーベル博士によると、イディル[#「イディル」に傍点]というのは、ギリシア語では「小さき絵」というほどの意だそうだ。そしてその中には、物静かな、小ぢんまりとした環境に生きている素朴な人達の、何物にも煩わせられない、自足した生活だけの描かれることが要求されている。……どうだ、分かったかい、僕がそれより他にいい言葉がなかったので半ば間にあわせに使っていたイディル[#「イディル」に傍点]というのが、思いがけず僕の考えていたものとそっくりそのままなのだ。もうこれからは安心して使おう。いい訳語が見つかってくれればいいが(どうも牧歌[#「牧歌」に傍点]なんぞと訳してしまってはまずいんだ)……
 さて、お講義はこの位にしておいて、こんどの奴はどんな主題にしてやろうか。なんしろ、万葉風となると
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