大きな文様《もよう》が五つ六つばかり妙にくっきりと浮かび出ている。そんな花文のそこに残っていることを知ったのはそのときがはじめてだった。いましがた松林の中からその日のあたっている扉のそのあたりになんだか綺麗な文様らしいものの浮き出ているのに気がつき、最初は自分の目のせいかと疑ったほどだった。――僕はその扉に近づいて、それをしげしげと見入りながらも、まだなんとなく半信半疑のまま、何度もその花文の一つに手でさわってみようとしかけて、ためらった。おかしなことだが、一方では、それが僕のこのとききりの幻であってくれればいいというような気もしていたのだ。そのうちそこの扉にさしていた日のかげがすうと立ち去った。それと一しょに、いままで鮮やかに見えていたそのいくつかの花文も目のまえで急にぼんやりと見えにくくなってしまった。
[#地から1字上げ]十月十二日、朝の食堂で
けさはもう六時から起きている。朝の食事をするまえに、大体こんどの仕事のプランを立てた。とにかく何処か大和の古い村を背景にして、Idyll 風なものが書いてみたい。そして出来るだけそれに万葉集的な気分を漂わせたいものだとおもう。――ちょ
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