来皇女《おおくのひめみこ》の挽歌《ばんか》にある「石《いそ》のうへに生《お》ふる馬酔木《あしび》を手折らめど……」の馬酔木はこれでなくてはとおもった。そういう思いがけない発見がときどきあるね。まあ、そんなものだけをあてにして、できるだけこれからも歩いてみるよ。――だが、まだなかなか信濃の高原などを歩いていて、道ばたに倒れかかっている首のもぎとれた馬頭観音などをさりげなく見やって、心にもとめずに過ぎてゆく、といったような気軽さにはいかない。……
それでいて、そのふと見過ごしてきた首のない馬頭観音の像が、何かのはずみで、ふいと、そのときの自分の旅すがたや、そのまわりの花薄《はなすすき》や、その像のうえに青空を低くさらさらと流れていた秋の雲などと一しょになって、思いがけずはっきりと蘇《よみがえ》ってくるようなことがあったりする工合が、信濃路ではたいへん好かった。なんだか、そういったうつけたような気分で、いつの日か、大和路を歩けるようになりたいものだ。
主 いい身分だね。そうやって旅行ばかりしていられるなんて。
客 君なんぞにもそう見えるのかい。でも、僕はこんな弱虫だからね、不安な旅でな
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