ちにやって来ることになるかな。どうも大和のほうに住みつこうなんという気にはなれない。やっぱり旅びととして来て、また旅びととして立ち去ってゆきたい。いつもすべてのものに対してニィチェのいう「|遠隔の感じ《パトス・デル・ディスタンツ》」を失いたくないのだ。……
そのくせ、いつの日にか大和を大和ともおもわずに、ただ何んとなくいい小さな古国《ふるくに》だとおもう位の云い知れぬなつかしさで一ぱいになりながら、歩けるようになりたいともおもっているのだ。たわわに柑橘類《かんきつるい》のみのった山裾をいい香りをかいで歩きながら、ああこれも古墳のあとかなと考え出すのは、どうもね。
主 しかし、君はもう大抵大和路は歩きつくしたろうね。
客 割合に歩いたほうだろうが、ときどきこんなところでと、――本当に思いがけないような風景が急に目のまえにひらけ出すことがある。
この春も春日野《かすがの》の馬酔木《あしび》の花ざかりをみて美しいものだとおもったが、それから二三日後、室生川《むろうがわ》の崖のうえにそれと同じ花が真っ白にさきみだれているのをおやと思って見上げて、このほうがよっぽど美しい気がしだした。大
前へ
次へ
全127ページ中123ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング