けて買つてきた。
 晝間は町や波止場をぼんやり散歩をして、夜寢るときだけそれを讀んだ。言つてゐることには大して獨創的なところはないが、しかしプルウストの方法をかなりてきぱきと紹介したものなので、ある頁は私に私の嘗つて讀んだことのある數十頁にわたる長い情景を一瞬間に蘇らせ、また他の頁は今度は是非そこを讀んで見たいものだと私に空想させたりしてくれるので、なかなかその夜毎の一二時間の讀書は樂しかつた。
 そこに一週間ばかり滯在してゐるうち、私は扁桃腺をやられて、しかたなしに家へ歸つた。ベケットに刺戟された私は寢ながらプルウストの「再び見出された時」を讀みはじめた。
 私はもうすでに三十歳になつてゐた。

          ※[#アステリズム、1−12−94]

「再び見出された時」は漸く私を活氣づけてくれた。
 プルウストがそれまで私の内部に奧深く眠つてゐたものを少しづつ呼び醒ましたのだ。すでにコクトオやなんかが私の内部をすつかり耕してしまつたものと思つてゐたのに。私の内部に眠つてゐるものはまだまだうんとあるのだ。その發見が何よりも私を元氣づけた。
 私は當分プルウストを讀んでやらう。さう
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