カビアは古代とたはむれてゐる。それをからかつてゐる。だからその繪は騷しいだけなのだ。さう云ふ缺點がキリコの古代のやうに靜かな繪の前だけに一層目立つて見えた。
[#ここで字下げ終わり]

          ※[#アステリズム、1−12−94]

 眠りから醒めた瞬間、いま夢みてゐたばかりのごたごた[#「ごたごた」に傍点]した不確かな事物の間から、一つの像――たとへば一つの女の顏だけが、私の目にありありと殘つてゐる。そしてその不思議な美しさが、私に、以前から彼女に對して抱いてゐる愛をその時はじめて氣づかせるやうなことがある。キリコの繪のなかの漂流物の間に混つてゐた一個の青ざめた石膏の首はそれに似てゐた。

          ※[#アステリズム、1−12−94]

 今、考へて見ると、さう云ふキリコの悲痛な繪を自分の二十代が終らうとしてゐる瞬間に私が見たと云ふことは何か意味がありさうに思へるのだ。
 その繪を見てきてから數日といふもの、私はへんに切なくてならなかつた。キリコの悲痛な美しさが、そしてこの頃そんなキリコの繪にだけすがりついてゐるやうに見えるコクトオの苦しい氣持が、私には今まで
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