缺點だ。……しかしながら、プルウストがボオドレエルの「影響」(この言葉に普通持たされる惡い意味で)を受けたとは言へない。ボオドレエルが彼に與へたものはすべてプルウストは自分の物としてゐる。(バルザックが「創造の錬金術」と名づけたものによつて)……私はペンを手にしたまま、讀んでゐるそのテキストからどうしても離れられなかつた。ときどき章句の美しさや、反省の情熱的興味が私の注意をそらしはしたが、そしてまたハムラン街の彼の部屋(いつも鎧扉の閉まつてゐる)の中で、眞夜中、死の床にならうとしてゐるそのベッドの上に體を折り曲げて、作品を校正したり、書き直したりしてゐるプルウストの幻が目の前にちらついてならなかつたけれども。死にかかつてゐる者によつて完成された、何といふ仕事! 死についての感想を筆記させるために死苦の中から再び身を起したプルウスト、そしてその痛ましい部屋の散らかりやうと云つたら!
[#ここから3字下げ]
箱だの、壜だの、熱くなつた枕の皺の中に
くしやくしやになつてゐる貴重な手帳だの、
インキの汚點《しみ》のついた机掛の上にちらばつた本だの……
[#ここで字下げ終わり]
前へ
次へ
全24ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング