この別荘への訪問を思い立ったのであったが。……
私は漸くその別荘の前まで来ると、ためらいながら、そのベルを押した。
しかし家の中はしいんとしていた。このベルはあまり使われないので鳴らなくなっているのかしらと思いながら、それをためすかのように、私がもう一度それを押そうとした瞬間、扉は内側から機械仕掛で開かれるように、私の前にしずかに開かれた。
夫人に面会することにすら殆ど絶望していた私は、私の名刺を通じると、思いがけなくも容易にそれを許されたのであった。
私の案内された一室は、他のどの部屋よりも、一そう薄暗かった。
私はその部屋の中に這入《はい》って行きながら、隅の方の椅子から夫人がしずかに立ち上って私に軽く会釈するのを認めた時には、私はあやうく夫人が盲目であるのを忘れようとした位であった。それほど、夫人はこの家の中でなら、何もかも知悉《ちしつ》していて、ほとんどわれわれと同様に振舞えるらしく見えたからである。
夫人は私に椅子の一つをすすめ、それに私の腰を下ろしたのを知ると、ほとんど唐突《とうとつ》と思われるくらい、A氏に関するさまざまな質問を、次ぎから次ぎへと私に発するの
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