ろう。とおもうと、そんな昔から今日まで、断絶せずに続いている一つの鎖が見えるような気がしている。自分がその一方の端に触れたので、もう一方の端が揺れたのだ。真理と美とがあの大司祭の庭のなかで人びとを導いた、そうしていまもなおそれが我々を導いている。そう考えると、学生には急に自分に青春と幸福の感じが帰ってきて、人生が何か崇高な意味に充ちみちているように思われて来る。――そういった筋の、五六頁ばかりの短篇なのです。しかし、僕はそれを読んで、なんだかその学生と一しょになって泣きたいほど、感動しました。
 主 ふむ、いい短篇だね。僕は読みそこなっていたが、いつかその本を貸してくれたまえ。しかし、君の話だけでも、大体は分かるね。ちょっと其処にある聖書をとってくれないか。そこのところを読んでみよう。ルカ伝だったね。(聖書をひらいて読む)「……やがて鶏鳴きぬ。主、ふりかえりてペテロに目をとめ給う。ここにペテロ、主の「今日にわとり鳴く前に、なんじ三度《みたび》われを否《いな》まん」と言い給いし御言《みことば》を憶《おも》いだし、外に出でて甚《いた》く泣けり。」――鶏が鳴くと、遠くからイエスが焚火《たきび
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