になると、彼はひどい疲労から小石のように眠りに落ちた。
それから何時間たったのか覚えはなかったけれど、彼が目をさまして便所に行ったのは、だいぶ深夜らしかった。彼は便所から帰って、一種の臭《にお》いのただよっている病院の廊下を、同じような病室を NO.1 から一つずつ丁寧に数えて歩いて来ながら、さて彼の病室である四番目のやつのドアを開けようとして、ひょいと部屋の番号を見たら、それは NO.5 だった。彼は部屋の勘定を間違えたのだと思って、すぐ廊下を引き返した。が、ひとつ手前の部屋に来て見るとそれは NO.3 になっていた。おれは何と寝呆《ねぼ》けているのだろう。自分の部屋の前を何遍も素通りする。そう思ってまた踵《きびす》を返した。が次の部屋まで来て見るとやっぱりさっきの NO.5 であった。まさかお伽噺《とぎばなし》じゃあるまいし、おれが夜中に起きて便所へ行っている間におれの部屋が何処《どこ》かへ消えて無くなってしまっているなんて!……そうは思ったものの、彼はしばらくの間、電燈ばかりこうこうと燿《かがや》いている深夜の廊下のまん中に愚かそうに立ちすくんでいたが、ふと其処にただよっている
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